「美しさとは、ただ外見を飾ることではなく、内からにじみ出るものなのよ。」
祖母がそう言ったのは、私が高校生の頃だった。鏡の前で化粧をしながら、完璧な自分を作ろうと必死になっていた私に、祖母はそっとカップを差し出した。カップの中では、赤と桃色の花びらがゆらめき、甘く優雅な香りが漂っていた。
「これはね、クレオパトラブレンド。美しさを持つだけでなく、それを誇れるように生きるためのものよ。」
私はそっとひと口すする。薔薇の優雅な香りと、ローズヒップとハイビスカスのほのかな酸味が口の中で広がり、温かさが心の奥へと染み渡る。
「あら、不思議……なんだか、心まで落ち着く気がする。」
そうつぶやくと、祖母は静かに微笑んだ。
「薔薇にはね、心を解きほぐす力があるの。ストレスを和らげ、気持ちを穏やかにしてくれる。美しさとは、心の余裕があってこそ輝くものなのよ。」
その言葉が、私の心にふわりと溶け込んだ。
夢と現実の狭間で
それから数年後、私は社会人になり、夢だった仕事に就いた。しかし、現実は想像以上に厳しかった。締め切りに追われる日々、尽きることのないプレッシャー、人間関係のストレス。疲れ果てたある夜、私は実家へと帰った。
玄関を開けると、懐かしい薔薇の香りがふわりと漂ってきた。
「おかえり。少し休みなさい。」
祖母は私を迎えながら、変わらぬ手つきでハーブティーを淹れてくれていた。手渡されたカップをそっと持ち上げると、かすかな湯気とともに、あの頃と同じ優雅な香りが広がる。私はゆっくりとひと口飲み、深いため息をついた。
「最近、ずいぶん疲れているみたいね。」
祖母のその一言に、胸の奥にため込んでいたものがあふれそうになった。仕事の重圧、人との摩擦、自分に対する苛立ち。頑張らなければ、認められなければ、と自分を追い詰め続けていた。
「ねえ、クレオパトラってどんな女性だったか知ってる?」
祖母は静かに問いかけた。
「世界で最も美しいと言われた女王……でしょ?」
「そうね。でも、彼女の本当の魅力は、美しさではなく、揺るぎない誇りと自信にあったのよ。」
私はふと、カップの中で舞う花びらを見つめた。クレオパトラのように、美しさとは何かを知り、自分自身を愛すること。それができれば、私はもっと強くなれるのだろうか。
本当の美しさとは
それから私は、忙しい日々の中でも、ハーブティーを淹れる時間を持つようになった。慌ただしい朝も、疲れ果てた夜も、湯を注いで待つ数分間は、自分のためだけの穏やかな時間になった。
ある日、仕事帰りにふと同僚が言った。
「最近、なんだか雰囲気が変わったね。落ち着いていて、すごく素敵。」
その言葉に、私はそっと微笑んだ。
以前の私は、外見の美しさにばかり囚われていた。でも今は、祖母が言っていた本当の意味が少しだけ分かる気がする。美しさは、心の余裕と自分自身を大切にすることから生まれるものなのだ。
人生の学び
「美しさとは、ただ外見を飾ることではなく、内からにじみ出るものなのよ。」
祖母の言葉が、今では私の中に確かに根付いている。どんなに忙しくても、自分を労わる時間を持つことで、日々はより穏やかで豊かなものになっていく。
今日も私は、クレオパトラブレンドを淹れる。お湯の中でゆらめく花びらを眺めながら、ゆっくりと深呼吸する。そして、カップをそっと傾ける。
「私もクレオパトラのように、自信を持って生きていこう。」
香りとともに、その思いを胸に刻んだ。